富士山Zero to Summit 3
静かな静かな富士の中腹。
寝ていると突然顔に光が当てられる。
誰誰誰?!?!?!?!?!?!?!
飛び起きてその光源の方を見るも光の向こうの人物の顔は見えない。
この道で、この時間歩く人間がいるとすれば...
そう、リュウさんだ。
時間を見ると20時。
真っ暗な中ひたすら歩いてきたという。
僕が24時くらいまで寝たらまた出発するというと着いてくるという。
旅は道連れ世は情けというわけだ。
8月20日
24時30分 出発
出発するやいなや遅れるリュウさん。
やはり疲労が溜まっているのだ。
調子を見つつ、励ましつつ、歩く。
ガレ場に出るや否や雨脚が強くなる。
深夜2時30分 新六合目 着
リュウさんはここで少し休んでいくという。
これが本当の別れになるだろう。
苦楽を共にした分寂しさを感じる。
4時30分 御来光山荘 着
降ったりやんだりだった雨が本格的に降り始める。
そして自分の体調の異変にも気づき始める。
足がひたすらに重く感じる。
そして何より眠いのだ。
立ち止まる度に気づけば寝てしまう。
ただの寝不足というより、高山病だろう。
ゆっくりゆっくり深呼吸を交えながら登っていき、
7時 萬年雪山荘 着
ここでコーヒーとカレーうどんを食べて元気を出す。
しばし休憩。
カレーうどん、1000円は高いぞ....。
8時30分 富士山頂 着
沢山の人の中に20人くらいが輪になっている団体がいる。
真ん中には富士山のレプリカを乗せたリアカーが。
なんだこいつら。
近くにいた姉さんに聞くと
姉さん「変な人の集まりです!私も変なんです!ぷー太郎なんです!」
なんだこいつ。
改めて何をする団体なのかを聞くと
姉さん「海から村山古道を使ってここまで来たんです!リアカーを引いて!」
なるほど、リアカーを引いて...。
山荘にザックをデポして剣ヶ峰を目指して出発。
9時 剣ヶ峰の山頂に立つ。
日本一の頂だ。
ついにZero to Summit完了。
長かった。
けど、なんかそこまで達成感はない。
山荘に戻り、ここでもカップラーメンを食べる。
10時 下山開始
吉田口ルートの方へ向かう途中、横風が強まる。
途中気の合いそうなお兄さんがいたので一緒に下る事に。
話しているうちに意気投合。
愛知から来たというナミさん。
今まで真っ白だった景色に青色が混ざってくる。
この景色を見ていると、やはり雲の上の生活に憧れてしまう。
ナミさんと山の話に花を咲かせているとあっという間にバスターミナルに。
12時30分 下山
ここでナミさんともおさらば。
出会っただけ別れがあるんだね。
14時 高速バスで新宿駅へ
16時15分 新宿駅 着
21時20分 東京駅から夜行バス 発
登山客っぽい人が多くいる。
話しかけてみると鳥海山に登ってから大曲の花火大会に参加するらしい。
さすが大曲の花火大会。
8月21日
6時 羽後本荘駅 着
7時 秋田駅 着
今回の山行を振り返ると久々に体力を振り絞るような登山だった。
いや、登山というより旅に近いかな?
助け助けられ、出会って別れて、その裏で目も合わせずすれ違った人がいて。
人の多い山だからこその楽しみの一つなのかもしれない。
人の多い山はあまり好きじゃなかったけど、やっぱりどんな山も素敵だな。
それと、今回の山行で山歩きからクライミングに本格的に移行しようとも思う。
まだまだ勉強すべきことはたくさんある。
登山は裾野が広くて、深い。
早く自分のスタイルを確立していくのが賢明かもしれない。
この記事の締め方に迷うので、もうこんな感じでいいや。
せば!!!
富士山Zero to Summit 2
富士山Zero to Summit 2日目
この日は村山古道の登山口である村山浅間神社から富士宮口ルートの新六合目まで歩く。
説明を忘れていたが村山古道とは約100年前まで使われていた登山道である。
なぜ使われなくなったかというと今現在ある富士宮口ルートが開かれてから歩く人がいなくなったからだ。
そして近年有志によって復活したというわけだ。
ただ、復活といっても未だ道がわかりづらく迷いやすいという。
果たして無事新六合目までたどり着けるのか...。
ちなみに村山道とは田子の浦から村山浅間神社までの事を指し、使い分けている。
8月19日
4時 起床
多少寝不足。
起きてすぐに朝食の準備に取り掛かる。
...はずなのだが、昨日リュウさんにコッヘルを貸したため米を炊けない。
仕方がない...。起こすか...。
爆睡をする人を起こすのには気がひけるが、リュウさんを起こしコッヘルを返していただく。
5時30分 少し遅れてしまったが大体の準備が整いぼちぼち出発...
したいのだがリュウさんがまだ寝起きモードで準備整わず。
置いていくぞ...。
コーヒーを淹れ、一服しながら待つ。
結局出発は7時近くに。
こりゃ新六合目に着くのは完全に16時過ぎるな...。
パラパラ雨も降り始める。
歩き始めて少しすると村山古道の標識が出てくる。
いい雰囲気の道。
倒木が面白い。
※若干のピンボケ問題
ゼルダの伝説の森の神殿を思い出す。(わかる人にはわかる)
なんて花だろうか?
凛として可愛い。
この先一度車道に出ると村山口登山道案内図がある。
ここで左側を仰ぐと富士山が見える。
デカい。デカいぞ富士山。
今まで雲に隠れていただけにここに来て「これを登るのか...」と威圧感を感じる。
ここに来て雨は完全に止む。
また少し行くと標識が。
そしてその道を見て素直に思ったことは、
...え、これ道?(笑)
藪じゃん(笑)
案の定藪、藪、藪。
これを進むと行き止まりのような場所に行きつく。
2メートル程上がる急斜面を登り辺りを散策してみる。
道はどこだ...。
すると蜂が突然襲ってきて逃げ回る僕。
頭にガンガンぶつかってくる蜂。ビビる僕。
東に20m程の道があるのでそっちの方に走って逃げる。
すると、「あ、古道あった。」
まさか蜂に襲われたおかげで迷わずに済むとは...。
この鎖を越えてずっと道なりに進む。
すると標識がまた出てくるので標識に従って進む。
段々と道は険しくなり、左右に1mほどの段差に囲まれたような道になっていく。
歩いていて思うのは作業道が多く複雑に入り組んでいるということだ。
間違えて作業道に入らぬよう気を付けながら進まねば。
途中車道を超え、整備された林を歩く場所も出てくる。
コンパスを取り出して方角を確認。
北東。よし、この道であってそうだ。
歩いていると、所々山岳会の名の入った木が打たれている。
どうやらこの道であっているようだ。
そのように確認に確認を重ねて歩く。
間違えないように、間違えないように...。
すると突然三股に別れる分岐に差し掛かる。
どれを行けばいいのか。
今までの道を見てきた限りどれを行っても最終的には合流するだろうと判断し、歩きやすそうな道を選ぶ。
ずんずん進む。
ずんずん歩く。
そして異変に気づき始める。
...なんかゴミが増えてきたような...。
...なんかタイヤとか捨ててあるんだけど...。(ここで樹海を想像する)
この先人が捨てられてたりしないよね...???
するわけないよね...???
ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!
はい、動物の骨でよかったっす...。
そんで、道、間違えたっぽいっす...。
10時30分 昼食を食べつつ現在地を確認してみる。
地形で読んだ限りだと、少し西側に流されているようだ。
迷った際はわかる場所まで戻るのが鉄則であるが、現在地もわかる事もあり、歩きやすそうな場所を見つけて東に寄って行く作戦にでる。
すると登山道っぽい道に差し掛かる。
よし、復帰できた。
そしてまた登っていく。
...あれ?なんか違くね????
なんと、この道作業道だったのだ。
こりゃ完全に道を失ったな。
リュウさんに謝りつつ、やはりバリエーションルートで東に寄りつつ登ることにする。
時には作業道を歩き、獣道をお借りし、藪漕ぎをしながら徐々に徐々に東へ。
すると山の村を超えたあたりにある遊歩道に出る。
少しこの遊歩道を歩くと西臼塚駐車場の文字があり、ついに復帰できる見込みが出てくる。
その遊歩道で地元の人にすれ違ったので村山古道について聞いてみることにする。
おじいさん「浅間神社~富士スバルラインまでは事に難しい!わしも未だ迷う!!」
僕「(地元の人も迷うんかいっ!)」
しかし聞くところによると、富士スバルラインを超えてからは道がわかりやすくなるようだ。
そうとなれば早く村山古道に復帰し早く新六合目まで行きたい。
リュウさんの調子も見つつ、休憩しながら歩いていく。
西臼塚駐車場に出てからは富士スバルラインに沿って登っていく。
途中ガイドの人が声をかけてくれた。
ガイド「道に迷っちゃった?ここから下の古道はわかりづらいですから。ガイドの中でも道を理解できている人ほとんどいないんですよ(笑)」
そりゃおれも迷うわ。
15時 そうこうしながら村山古道に復帰。
少し登ると苔のアート。
すばらしい!!
16時30分 200m高度を上げるともう一度富士スバルラインに出る。
ここでリュウさんと別れ、一人で歩くことに。
やっぱり、一人で歩くのはペースが乱されなくて気持ちがいい。
17時 木々の墓場のような、なんとも不思議な雰囲気の場所に出る。
18時 旧二合目跡 着
辺りは薄暗くなってきている。
このまま行くか、ここでビバークか。
既に行動時間11時間。暗くなっても冷静に歩ける状態じゃなさそうだ。
ビバークを決意し、持ってきた防寒具全てを着こみツェルトを被って就寝。
道を間違えた事を加味しても、一人で歩いていればとっくに新六合目で暖かい布団に包まれ寝ている時間。
自分の優しさに悲しくなった。
まあこれも何かの巡り合わせだったのだろう。
18時30分
静寂の富士で、眠りにつく。
富士山Zero to Summit 1
8月に入ってからというもの期末試験ラッシュとやり残したレポート、竿燈まつりのバイト、クライミングジムバイトとやたら忙しく山に入ったのは太平山旭又沢の沢登りのみ。
フラストレーションが溜まっていた。
レポートも溜まっていた...(これが一番のネックね)
今回の海抜0mからの富士山登頂、つまり富士山Zero to Summitは随分前から頭の中で計画していたものだった。
出発直前もやる事に追われ準備がなかなか思うように進まなかった。
だからこうして今、ビールを片手に山行レポートを書くことが出来てホッとしている。
(じゃあ片手でブログ書いてんのかっていうツッコミはよ)
さて、まずはなぜ富士山なのか、なぜ海からなのかという所から話を進めよう。
正直に言えば元々富士山には全く興味がなかった。
テレビや写真で見る富士山は整備されきった登山道を歩く、散歩に近いようなものスリルがない登山のように感じていたからだ。(実はそんなこともない)
それに年間登山客30万人の大衆のために開かれた山は五月蠅そうだなと思っていた。
富士山をそう捉えていた僕が登ろうと思うようになったきっかけは岳人1月号(2015年)。
特集 日本一の山富士山の中に「アルパインクライマ―佐藤裕介と駿河湾から3776mの頂へ」という記事があり、それが富士山と僕とを結びつけた。
読んだ瞬間「面白そうだ!」と心躍った。
(この記事は11月の冬富士だったけど今の僕には技術がないので夏にしました)
それから月日が経ち、7月。
大学の夏休みが8月から始まる。
そこでバイト先にお願いをして休みを頂くことができ、具体的な計画に入った。
参考としたのは畠堀操八さん著の「富士山・村山古道を歩く」
そしてタクさん著のブログ「一日の王」。
こちらのブログは写真も多く、情景も事細かに書かれているため大変参考になった。
感謝しています。
行程2泊3日。歩行距離もだいぶある。
そこでかさばるシュラフやその他無駄に思うものは一切持っていかなかった。
1日目は街を歩くため食料と水分は歩きながら補給ということにした。
大まかな計画としては
8月18日 村山道を歩く
10時 田子の浦 着
16時 村山浅間神社 着・泊
8月19日 村山古道を歩く
5時 村山浅間神社 発
14時30分 新六合目宝永山荘 着・泊
16時 就寝
23時 起床
24時 発
5時 山頂
7時 下山
この計画が崩れに崩れるとはこの時誰も知らないのであった...
8月17日
22時20分 秋田駅東口から夜行バス発。
やたら人がいる。
盆明けのUターンラッシュ?
今回のバスは四列シートで肘掛すらなし。
隣の人と肩をぶつけながらバスは高速道をひた走る。
8月18日
6時20分 新宿駅着
そのまますぐに吉原駅へと向かう
9時45分 吉原駅着
トレッキングシューズに履き替え出発。
夜行バスで足がむくんだのか、やたら足が重く感じる。
10時 田子の浦着
曇り空ではあるが綺麗な海と爽やかな風に癒される。
朝食を食べていなかったので吉原駅からの道中で買った菓子パン2つを食べる。
ピント合わせる方間違えた(ピント問題はこの後も続出します)
10時10分 どうにか海に触れられる所がないかと当たりを見渡すが...
なくね???(笑)
海釣りをたまにする僕だが実は海に触るのが怖い。なんだか持っていかれそうなイメージがあるのだ。
そんな僕はそこら辺にある海水で出来た水溜まりを見つけて事を済ませようと思いつく。
「(ペロッ)うん。しょっぱい。海水だ。」
そして足を付けようとしたその瞬間...
テトラポッドの間から波打つ海水を発見!
無事に足を海水に着け、Zero to Summit開始。
こっからはずんずん歩く。
しかし、やたら蒸し暑い。
汗が噴き出る。
このままだと水分が足りなくなりそうなので車で移動販売をしている売り場でスポーツドリンクを購入。
88円。安い!
もっと買っておけばよかった。
頑張ってねとおじさんとおばあさんたちに励まされ再び歩き始める。
一応富士塚にも立ち寄った。
お賽銭を投げ入れ、無事登頂下山できることを祈る。
国道に出た所にあるサンクスでたばことレッドブル、帰りの夜行バスの支払いを済ませながらずんずん進む。
生憎の天気で富士山は姿を見せず。
しかしその分目の前の景色に集中できる。
街に親しまれる富士。
二度目の線路を超え、
商店街を歩く。
時折標識がある。
12時10分 上の標識を曲がったところにある店で昼食をとる。
この時食欲は無かったがバテを感じ、お腹に何か入れなければと思い焼きそばを注文。
お、重い...
しかし、うまい。
デザートに富士市の学校給食で人気だという噂のサイダー寒を食べる。
シュワシュワであっさりした味でバテた体には嬉しい。
なかなか評判のお店なのかな?
美味しいものを食べて元気が出たところで出発。
しかし直後、市の進めている富士山3776ルートの一環でところどころに立っている標識に惑わされ道に迷う。
地図を見てどうにか復帰しようとするがさらに迷う。
電柱をよく見ると「千代田町」....。
だいぶ西に来てしまったようだ。
ここで冷静になりコンパスを取り出す。
街でコンパスを使うことになるとは。
ようやく復帰し広見公園をくぐり、川を渡る。
そこで大きなザックを背負う人と出会う。
北九州から来たというリュウさん。
彼もまた村山古道から富士登頂を目指す一人であった。
その大きな荷物はどうやら富士登頂後、麓で行われる矢沢永吉のライブに参加するためにテントやらタープやらいろいろ持ってきたんだとか。
しかしリュウさん、コンパスを持ってきていないという。
しかも登山はあまり経験なし。
心配だということで翌日も新六合目まで共に行くことに。
それから少し歩くとようやく1つ目の石碑。
ここまで来ると続々と石碑に出くわすようになる。
十字路を渡った所に市場も。
入ってみたがこれといって買うものはなかった。
ただ小魚の干したものは今夜の晩酌にいいだろうなと思い買おうとしたがザックに入れるのも億劫なので買わずにスルー。
前を歩くリュウさん。
ザックが重そう...。
静岡といえば茶畑。
間々にある間隔がまた綺麗で見とれる。
予定では16時着であったが結局18時に村山浅間神社着。
随分と遅れてしまった。
しかしそれが幸いしてか月に1度行われているという神社の儀式に参加させてもらえることに。
この村山浅間神社は神社でありつつ仏教も信仰している稀な神社なんだそう。
(無教養な僕にはあまり詳しく語れない)
そのためお経を唱えホラ笛を吹くような儀式であった。
荘厳な仏像がいっぱい...。
なんだか無事登頂できそうな気がしてくる。
その後食事をして就寝。
なのだが、登山慣れしていないリュウさんはいつまでたっても寝る気配なし。
22時30分 やっと就寝。
長い長い一日だった。
明日はどんな一日になるだろうか。
不安も抱え、床に就く。